1992(平成4)年6月7日・6月20日

六月大歌舞伎 夜の部 歌舞伎座

6月7日 2階 いー15 6月20日 幕見席通し

通し狂言 東海道四谷怪談

 

お岩、佐藤与茂七、小仏小平:勘九郎

民谷伊右衛門幸四郎 直助権兵衛:孝夫

宅悦:左團次 お袖:孝太郎 お花:宗十郎

お梅:染五郎 伊藤喜兵衛:芦燕 ほか

 

 芝居はテンポよく、お岩の独壇場、戸板返し、仏壇返しと

視覚効果はたわいのないものだが、場内真っ暗でビビるし、

“怖いもの見たさ”にかられ、また実演しているから面白い。

近親相姦・残酷美・退廃した時代背景で時代の流れに追い

つけないアウトローにみえるが、理屈抜きで観られる芝居と

感じた。

 お岩を見て、女の嫉妬は怖いと思った。夫が父の仇を討って

くれると信じていたのに裏切られ、挙句は自分が捨てられ、

別の女に心変わりされ、そんなやるせなさがとうとう爆発、

恨みへと変わっていく。お岩のイメージは“哀れな女”としか

見られなかったが、哀れというより世の中の女性が秘めている

心の内を変わって代弁しているように思えた。改めて“女性は

分からない生き物”そして“女は怖い”ということを痛感した。

対する伊右衛門は自らの欲ばかりに先走り、自ら破滅していく

ように見えた。お袋が観たとき、イヤホンガイドで“伊右衛門

小心者”と言っていたらしいが“大悪人になれない悪人”と感じた。

ずるがしこいように見えるが、詰めの甘い人にも見える。お岩と

伊右衛門を見て、一途と欲ははかどらない、そして愛は一つ誤ると

火花が飛んでくるものと感じた。

 勘九郎の三役は、お岩は毒薬とも知らず飲んでしまうところは

伊右衛門の恩に重みおき、隅から隅まで飲んでいく細かい仕草が

いい。宅悦から事情を聴き怒り狂うところは武士の妻らしく、

悔しさそして醜い顔になったことが信じられない様子から鏡を

眺めるところは可哀そうだった。髪すきから身だしなみを整える

ところで女性の仕草が印象的。どうしてこんなに執念が強いのか

を伝えてくる。女の怖さを思い知らされるようでもある。赤ん坊が

石になって笑うところも印象残る。小平は善人ぶりが良く出ている。

与茂七はお袖との逢瀬や奥田を助ける武士らしさ、だんまりと印象的。

お袋と一緒に行った親父が「勘九郎大熱演」ってつぶやいていたが

同感である。

 幸四郎伊右衛門は、金欲しさに家内のものを質に入れるところは

お岩が止めるにもかかわらず、図太く嫌味なところが良かった。

お梅に迫られ心変わりする心境や伊藤家へ出向く姿、お岩に悩まされ

破滅していく過程は、ずるさ・凄み・うつぶりと備わり、ふてぶてしさ

も感じながら痛々しくも見える。欲ゆえの犠牲者にも感じた。

 孝夫の直助権兵衛は小悪党の雰囲気。お袖に迫るいやらしさも印象的。

瞳が悪の目つき。もっと出て欲しかった。左團次の宅悦は勘九郎お岩を

助け、大げさながら観ている我々と同じ気持ちで代弁してくれるように

感じる。孝太郎のお袖と、染五郎のお梅は懸命。

 1回目は序幕が観れなかったので、同じ芝居を2回観てしまったが、

飽きない。2回目は勘九郎幸四郎も凄みが増していたように思う。

 直助権兵衛とお袖が兄妹とわかる場面や、お岩と伊右衛門の夢の場も

見てみたかった。忠臣蔵の裏話といわれているが、初見でわからない

ところもあった。黙阿弥の悪の華やか・歯切れの良さとは異なり、

南北の暗いながら娯楽に富んだ展開を知った。

 客席では、辰之助さん(4代松緑)が彼女と観ていたり、場内の灯りが

時々ちらつくのはお岩様のせいなのかと思ったり、若い女性がビクッと

したり、悲鳴を時折挙げていたりと見受けられた。

 

所感

 まわりくどい文脈ながら、勘九郎さんのお岩を通じて、感じることが

多かったのだと思う。帰りの電車内でたまたま持っていたレポート用紙に

ボールペンで感想を走り書きしたことを覚えている。四谷怪談がホラー

と思っていたのが、可哀そうな女性の話しと思ったことが衝撃だったの

だろう。“女は怖い”ってあるが、当時そんな困るような恋をしていたわけ

でない。50になった今でもそうだが、その当時から自分はもてないし。

 1~2年前に大阪中座の夏芝居で、ほぼ同じ配役で上演されており、

お父様を亡くしたばかりで伊右衛門に付き合ってくれる役者がいない

ところ、17世にお世話になった縁で幸四郎さんが付き合ったとのこと。

この時は初日から客足悪かったそうで、評判で序々に大入りになって

いったそうだ。この数年後に、勘九郎さんはもっとすごい四谷怪談

見せてくれる。この時は足がかりだったと思われる。

 昼の部は、「樽屋おせん」、幸四郎梅玉勘九郎で「勧進帳」、

13世仁左衛門が相模政五郎で出演された「荒川の佐吉」で。