平成2年11月12日

三代目中村鴈治郎襲名披露 吉例顔見世大歌舞伎
夜の部 歌舞伎座 3階B席 ◎S木R三さんと行く。


一、寿曽我対面


工藤祐経仁左衛門
曽我十郎…宗十郎  曽我五郎…我當
小林朝比奈…左団次 鬼王…福助 ほか


 一度はぜひ見てみたい演目の一つだったので、実際
見てみると、様々なキャラクターとその個性、例えば
五郎の荒事、十郎の和事、座頭の工藤、道化又は進行の
朝比奈など一つの芝居でこのような性格を持つ役柄が
出てくるのは珍しい。
またこのような様々な性格をもつ人々が次々と台詞の
テンポも良く、見ている私たちを釘付けにしてしまうし、
何か妙にワクワクさせられてしまうのが、この芝居の
魅力であろう。
 工藤を持ち役とする仁左衛門は、初めて見たが、
目が悪いらしくおぼつかないし、台詞の言い回しが
歯切れが悪いのは仕方がないが、座っているだけで
貫禄があり、曽我兄弟が目立っているとしても、
その目立ち方を存在感が牽制しているように思った。
下手すれば、仁左衛門を見るのもこれが最後かも
しれない。
 左団次の朝比奈がいい。彼の持つ体格といい声量
そしてユーモアと愛嬌がうまくかみ合い、今まで
見てきた中で最高の出来と思えた。大きな眼の見得と
ポーズをとるときの腕の微妙な動きと型は印象的だった。
役柄が大きいものだからそう思ったかもしれないが。
 宗十郎の十郎は冷静な役柄なので落ち着いているが、
落ち着きすぎて硬く平凡。
 我當の五郎は持ち前の体格と声が血気盛んな五郎像を
出していると思うが、五郎像に忠実すぎで彼のもつ
がめつい、意地の張り方という味が足りない。
 延若に代わり鬼王をやった福助
延若が見れなかったのは残念であるが、変わった福助
好感な美男子の福助に比べて落ち着いたもので、曽我
兄弟を引き立てる。
 この芝居は、今まで見てきた役者の違った演技を見た
気がする。


二.三代目中村鴈治郎襲名披露口上


歌右衛門吉右衛門宗十郎〜左団次〜福助梅幸
仁左衛門〜延若〜我當〜我童〜羽左衛門鴈治郎
智太郎〜浩太郎〜歌右衛門 (口上順)


 口上というものを初めて見たが、このような大きな
名跡の口上が見れてとても嬉しい。鴈治郎への期待と
声援を送りたくなってしまう。
 各人のカタい口上の中で、仁左衛門が初代、二代
との思い出を柔らかい口調で述べたところが、客席を
和ませ、厳しい歌舞伎の世界のイメージを柔らかく
させるし、観客とのコミュニケーションをうまくとって
いると思う。
 さすがベテランを感じさせる口上であった。


三.心中天網島 河庄


治兵衛…鴈治郎    小春…歌右衛門  
孫右衛門…羽左衛門  お庄…我童
太兵衛…我當     三五郎…智太郎 ほか


 和事のイメージというと、どうもなよなよした
情けない男が主人公が出てきて女々しいストーリー
ではないかと今まで思っていた。
 でも、和事を生んだ大阪という街は庶民の街であって、
現代の私たちにとって相通じるものがあるような気がする。
例えば、心境やストーリー性がそうであろう。
だから、治兵衛の気持ちが観ている私にもヒシヒシと
伝わってくる。こういうのを観ると、歌舞伎はまさに
庶民の文化と言い尽きてしまう。
 鴈治郎は”なよなよして情けない女々しい男”という
イメージを一気に消してしまった。いかに観ている者へ
演じている役の心境を伝えるかを常に気を配っていて
うまい役作りをしている。上方歌舞伎の担い手に
なっていくことを期待したい。
 歌右衛門は「伊勢音頭」のお紺のとき、団扇を持った
仕草と同様、今回も無言のままで何気ない仕草で、
治兵衛への想いを伝える。歌右衛門を見るにあたり、
仕草がポイントになるだろう。
 羽左衛門は上方の味が出せないのは無理もないが、
今回は2人の仲介役孫右衛門で、この人得意の主役を
引き立たせる役でうまく勤める。
例えば、鴈治郎の治兵衛との問答で、鴈治郎のちょっと
高い声と彼の低い声や、治兵衛を連れて帰ろうとして
着物着せた時、手紙を取り上げ、それを読むときに
歌右衛門の後ろですすり泣くところ、太兵衛から治兵衛を
助け出すところなど、常に脇にいて地味ながら存在が
大きい。
 智太郎の三五郎は愛嬌たっぷりに客席を和ませる。
丁稚らしいやんちゃなところを茶目っ気たっぷりにやる。
和事は悲哀の中に愛嬌が要求されるので、今後を期待
したい。
 我當の太兵衛は封印切の八右衛門や曽根崎心中九平次
とこのような意地悪な役柄が多く、今回も憎らしさや
ちょっとユーモラスな役であった。
 東蔵の善六はいつもは脇にいて目立たないが、今回、
我當と組んで、漫才風の問答をし、彼のユーモラスな
一面を見て驚いてしまった。
 我童のお庄は地味ながら独特の雰囲気で歌右衛門
引き立てる。
 和事を十分満喫した。


四.釣女


太郎冠者…八十助  醜女…宗十郎
大名  …智太郎  上蟖…浩太郎


 しんみりした雰囲気から一気に笑いで吹き飛ばして
しまった。妙に余韻が残った演目であった。このような
構成をした狂言作者が憎い。
 ”待ってました"の宗十郎の醜女。9月の伊勢音頭の
お鹿以来の愛嬌たっぷりの役柄。メイクも強烈で、
八十助の太郎に抱きついて、口びるとがらせて迫ったり
など印象的であった。
 八十助の太郎もとぼけた演技が光っている。
 智太郎の大名も脇で引き立てる。ちょっとカタい中、
微妙にとぼけた愛嬌があり、愛嬌は親父よりまさるかも。
浩太郎の上蟖は美しく、姿はいいが、無言なことが多く
仕方がないが、アピールしてほしい。
 しかし、宗十郎サンには頭が下がる。



(回顧)


「襲名」初体験…それに併せて上方歌舞伎初体験も…
 鴈治郎さんも2005年12月に坂田藤十郎になった。
 仁左衛門さんも歌右衛門さんも宗十郎さんも
我童さんも延若さんも既にいない。
我童さんに延若さんは観たのがこのときが最初で最後…
 鴈治郎襲名を期に上方歌舞伎が好きになっていく。
上方歌舞伎が観たくて、後に京都や大阪まで行くきっかけ
になりはまっていく。
 別に関西人の血は流れていないのだが…(笑)
 左団次さんに宗十郎さんを見るのがこの頃は楽しみ
だったようであるし、鑑賞本に出てくる演目をチェック
していた頃だった。対面の感想にあるように、どちらかと
いうと、役者よりは演目で楽しんでいた時期だったと思う。


 同行した友人は左団次さんの朝比奈が印象深いらしい。
大学時代は何回か一緒に行ったが、友人は団十郎さん系の
荒事が好きでしたね。
 最近も時々お誘いしますがなかなかご一緒できない。