平成3年1月28日

初春歌舞伎公演 国立劇場 三等席


一.鞍馬山のだんまり

牛若丸…左近  袈裟太郎…団十郎 
僧正坊…権十郎 夕照…玉三郎 
時蔵、団蔵、半四郎、十蔵、右之助、亀蔵 ほか


 左近を中心とした若手だけかの演目かと思ったが、
団十郎玉三郎権十郎時蔵とほとんどの役者が
出演していて、正月ならではの贅沢だったなかったか。
 権十郎が天狗面を被って扮する僧正坊は存在が大きい。
後に小悪党になってしまうおかしさもある。
 左近と玉三郎が二人揃って見得をするのが印象的。
 幕切れの団十郎の袈裟太郎の引っ込みが力強く、
六法も格好いい。
 様々な衣装をまとった人々が出てくるので、無言劇
ながら視覚的に面白い。

(左近は現松緑権十郎は先代)



二.積恋雪関扉

関兵衛実は大伴黒主団十郎
小野小町姫・墨染実は小町桜の精…玉三郎
宗貞…宗十郎


 お目当ての演目。舞踊はよくわからないが、小町と
宗貞、2人の間の関兵衛、関兵衛と墨染後の大伴黒主
桜の精と人間模様がテンポ良く展開して面白い。
 特に関兵衛のキャラがおどけたり、女性に硬派だったり、
自惚れあったり、恐ろしいコワイ一面もあったりと、
おとぎ話の悪人のようなキャラクターで、悪人ながら、
憎めない。
 団十郎初役の関兵衛実は黒主は、自分のやりたかった
役であるせいか、意欲的に取り組んでいる。上の巻では
愛嬌があり、関兵衛を面白く見せる。下の巻では、
この方の持つ力強さと恐ろしさが出て悪人そのもの。
マサカリを振り上げ、舌を出して見得するところは印象
深い。
 玉三郎の小町姫と墨染は色気があり、宗貞とのコンビ
では悲しい恋の様子が伝わってくる。墨染は廓話や大伴
との立回りが印象的で、大伴のマサカリあげてに対する
反りをしての柔らかみは、役の変幻自在を表現している
ように思えた。
 宗十郎の宗貞は兼ねる役者として落ち着いたもので、
小町姫との叶わぬ恋の悲しさを感じさせる又、高貴かつ
清楚な人物という雰囲気を持つ。
 舞踊劇ながら結構楽しめました。



三.江戸生艶気樺焼

艶二郎…宗十郎  うきな…時蔵
喜之助…団蔵   弥二右衛門…半四郎
弥五郎、左近、十蔵、市蔵、万之丞、扇緑、佳緑ほか


”世間で評判の男”になりたい団子鼻の艶二郎、
金に糸目をつけず、あの手この手で自分の名を
世間に広めようとするが裏目に出る喜劇。


 正月早々、あの宗十郎がやってくれました!って
いう満足が残る。団子鼻のメイクに、ベルばらの
フェルゼンの延長線のようなユーモアと独特の愛嬌で
笑わしてくれる。厳しい世界の中で、このような方は
貴重と思われる。
 「がんばれ〜がんばれ〜肝太郎」というCMを、
「がんばれ〜がんばれ〜艶二郎」とやったり、
ふんどし姿の艶二郎と赤襦袢のうきなの道行をもじって、
背景を歩く犬と猫の道行になったり、宗十郎の艶二郎が
助六の出端を真似して見得をしようとして腰をひねって
痛めたりなど「伊勢音頭」や「忠臣蔵」、「封印切」、
曽根崎心中」などの歌舞伎パロディもちりばめられたり、
公害などの社会風刺も出てくる歌舞伎にしては珍しい趣向?
 宗十郎の劣らずほかの役者さんも遊びっ気たっぷりに
演じている。
 団蔵は自分から吹き出してしまうし、時蔵のうきなは
現代的な女性感覚で、艶二郎のやることをバカにしながらも、
その可愛らしさに惚れている感じ。
 半四郎の艶二郎の父は、バカ息子に手を焼くどこかに
いそうな父親像を見せる。
 硬派ぽい左近の男芸者ぶりが良く、三味線を弾いたり、
艶二郎を持ち上げたりと意外であった。祖父や父の隠れた
ユーモアを引き継いでいるのだろう。
 宗十郎の一人大舞台で、この方一人で随分楽しませて
くれた演目である。
 最後に、世の中、金の時代…。お金がなければ遊びも
女も、名誉や地位も何もできないということを風刺した
演目であった。
 特に若者の心理を60近い宗十郎が面白おかしく
演じのけたのはスゴイ。
 道行でうきなが「人の心はお金で買えませんわいなぁ」
という台詞が、本来の人間のあり方を説いた感じで耳に残る。



(回顧)


 国立の正月公演は、舞台上部に役者名の入った提灯が
飾られたり、てぬぐいがまかれたりと賑やか。
 「関の扉」のために見に行ったと思うが、宗十郎さん
の「艶気樺焼」にすっかり打ちのめされた感じでもある。
この平成3年頃はバブルの真っ只中…金金金という
華やかな時代の全盛であった。そんな時代を風潮する
演目でした。山東京伝の漫画を原作にしているが、
劇評家や観客の評判はイマイチだったような…
 もともと小品の舞踊だったようであるが、それを
脚色したいわば新作に近い演目である。振り返りながら
類似したものに、勘三郎さんが演じた井上ひさしさんの
「浮かれ心中」に似ているかもしれない。この後は
「艶気樺焼」は上演されていない。
 だんまりは、この年の5月に左近が辰之助を襲名する
のでその祝い演目的な感じだったのではと思う。
 半四郎さんは最近見かけないが、この前後年の正月の
国立には必ず出演されていました。
 既にこの頃から、歌舞伎座、浅草、国立劇場とほとんど
足を運んでいる自分に驚かされる。