平成3年3月13日(水)

三月大歌舞伎 夜の部 歌舞伎座 3階A席


一.平家蟹


玉蟲…芝翫  玉琴…児太郎  那須与五郎…藤十郎 

雨月実は宗清…歌昇(左団次代役)


 幕開け・幕間・幕切れに流れる琵琶などのBGMが
印象的で、玉蟲の心情を表し、恐ろしくもあり、
不思議に感じたりする。異様さも感じた。
 怪奇的なストーリーで、芝翫の玉蟲が平家の人々に
例えられた蟹たちと語りかけるところは異様に感じ、
藤十郎の与五郎を扇につくヒモでムチのごとくたたく
ところはサディスティックに見えた。人を恨むという
ことがこんなに恐ろしいものなのか、特に女性の執念は
このようなものなのかと思い知らされた気がする。
 芝翫の玉蟲は、きつい役で表情からしてコワイ。
叔父歌右衛門を演じており、口跡など似ている箇所も
あった。
 児太郎の玉琴は、勘当といわれて泣いていたと思ったら、
与五郎の使者が来たとたん笑顔になる調子の良さが楽しい。
 万之丞のおしおも面白い役柄だった。
 藤十郎の与五郎はこの方の立役を初めて見て、姿・口跡が
良かった。玉蟲とのやりとりも印象的。
 役者よりも驚いたのは「蟹」の巧みな動き。不気味且つ
どこかかわいらしい。


二.高坏


次郎冠者…勘九郎  高足売…歌昇 
大名某…権十郎   太郎冠者…孝太郎


タップダンスの趣向を取り入れ高下駄で踊るというもの。
勘九郎父・勘三郎が踊ったのをビデオで見たことがあった。
六代目菊五郎より自分はもっとタップを踏んでやろうと
言われていたそうだ。
 その血を引く勘九郎も愛嬌あるタップの多い踊りっぷり
だった。テレビと舞台では、タップの音が違うのかと
感じることも。 
 操り人形のような下駄を履きながら足を広げたり閉じたり
する振りや、大名と太郎冠者を蹴散らすところとか良かった。
大名が「高坏じゃあ」って言うのに対し、不思議そうに
「はあ」って言う素振りがかわいらしかった。
 歌昇の高足売は台詞が明快で、酒が飲みたくても飲めない
様子が伝わる。権十郎の大名はおっとりした台詞で貫禄や
大名の頑固な人柄も出ていて楽しい。孝太郎の太郎冠者は、
裃の柄が印象的。
 松羽目物ながら、舞台背景が松でなく、花見という設定か、
満開の桜であった。
 1月浅草の棒しばりと同じく、役者も楽しそうに踊るので、
見ている方もワクワクする。今月の守田勘弥追善興行とあり、
勘三郎の次郎に、勘弥の高足売というコンビもあって、良き
追善になっただろう。


三.十四世守田勘弥十七回忌追善狂言助六曲輪初花桜」


助六…孝夫  揚巻…玉三郎  白酒売新兵衛…勘九郎
意休…権十郎(左団次代役)  白玉…時蔵 
くわんぺら門兵衛…歌昇権十郎本役代演)
朝顔仙平…十蔵(歌昇本役代演) 満江…芝翫
通人…東蔵 福山かつぎ…孝太郎 松葉屋女房…秀太郎ほか


 歌舞伎を見始めて以来、「助六」は見てみたい演目の
一つでした。団十郎家のお家芸であるが、今回は孝夫で。
荒事味あると思われる団十郎と、孝夫のは姿・口跡から
色男という感じを期待した。
 揚巻が玉三郎とあり、まさにゴールデンコンビで期待増す。
 また意休が左団次。憎らしさ・いやらしさ・愛嬌とこれ又
期待できる。左団次の意休見たさが本命で足を運んだのに
まさかの急病による休演で残念でした。開演直前まで、
これだけでも出てくれないかと願ったがそうもいかなかった。
 助六のようにああいう男になりたいって思ったくらい。
喧嘩が強くて、うぬぼれがあるほど自信に満ち、強い中にも
揚巻への優しさ、ひたむきさがあり、時々見せる愛嬌など
個性あって、姿・中味からすべてが色男である。 澤村藤十郎
曰く「ああなりたい色男の典型だ」と。展開は単純ながら、
助六ほかキャラクターが視覚的に個性的に一味もっていて
飽きさせない。2時間の大作ながらあっという間だった。
 孝夫の助六は前述の通り、まさに色男。荒々しさは少ないが、
体は柔らかく台詞も威勢があって喧嘩を売ったり、悪態つく所は
愛嬌もある。下駄を蹴って「こりゃまたなんのこってぇ」という
所は印象的。病後復帰だったそうで、華々しい再スタートと思った。
 玉三郎の揚巻は冷静で落ち着きすぎかもしれないが、姿が綺麗で
見とれてしまう。「助六さん、意休さん」という悪態が説得力あって
わかりやすく笑わせる。
 左団次代役の権十郎の意休は、喧嘩を売る助六に対し、耐える所や
悔しくて刀を抜こうとする表情など印象深い。姿だけで憎らしさある。
色気が少ないが、強弱つけて話す台詞はホント憎らしい。
 勘九郎の白酒売はお父様の当たり役を継承、白塗り姿で柔らかい。
助六に喧嘩を伝授される所で「股くぐれぇ」の台詞は子供じみて
おかしく、くぐられるたびに足が震える所は滑稽。誤って母に喧嘩を
売って、驚いて赤い布かぶって隠れる所や、最初の呼びかけなど
初々しく楽しい。
 権十郎代役の歌昇のくわんぺら門兵衛は、軽く見えてしまうが、
柄からか、写真で見た松緑さんのにそっくりで驚きました。こんなこと
思うの自分しかいないと思うけど。
 歌昇代役の十蔵の朝顔仙平は、背に大きな朝顔の絵があり目が行く。
妙な奴だが、滑稽なキャラクターだ。
 東蔵の通人、祖母がチラシを見て「東蔵の通人は似合うよ。」と
聞き、昨年11月の河庄の善六の印象ぐらいであまり意識しなかった
のだが。「そうでゲス」と語尾につけ、孝夫の復帰に「まつしまや
(待ってました)」と洒落こんだり、「驚き・桃の木・アントニオ猪木」、
股くぐりして「着物が汚れちゃった…ファジー洗濯機で洗わなきゃ」など
流行を持ってくる。孝夫の助六が通人去った後に「変な奴」と言わしめる
のがわかる。
 時蔵の白玉は揚巻と対照的。孝太郎のかつぎは「ざまぁみやがれ」
という台詞が威勢良く、芝翫の満江は編笠脱いだときの貫禄がすごい。
秀太郎の松葉屋女房はどこにでてきたかわからず。市蔵の国侍に鶴蔵の
奴は姿がおかしく、市蔵国侍のどもりや、股くぐりに悔しがる鶴蔵奴の
表情などおかしい。(刀をクラブに見立て草履をパターする)
 助六はストーリー展開をいい、キャラクターといい、息をつかせない
演目と感じた。


(回顧)

 3階B席から初めての3階A席に座る。3階前から3列目…
花道七三がわずかに見え、孝夫さんの助六が何とか見えたことを
覚えている。
 何と言っても悔やまれるのは左団次さんの休演。
 当時読んだ本で、羽左衛門のあと意休など役柄を演じるのは誰か
とあって、左団次か彦三郎とあった。この頃悪役=左団次って
あったようで(前述のものを見れば感じられると思うが)、この初役
意休、めちゃくちゃ楽しみにしていました…残念でした。
この後は団十郎さんでも、海老蔵さんでも、仁左衛門さんでも、
意休=左団次となっていますが。
 ちなみに、勘九郎さんの白酒売もこのときが初役。これも楽しみで
あった。
 平家蟹は珍しさあり、
 高坏を見た後は、しばらく革靴でも、温泉地で下駄履いたりすると、
ステップを踏んでいました。(アホですね)
 視覚的に助六に圧倒された公演でした。