平成3年4月24日(水)

中村会四月大歌舞伎 昼の部 歌舞伎座 一幕見席


隅田川続俤 法界坊」


法界坊…吉右衛門 甚三…富十郎
要助実は吉田松若…福助 おくみ…児太郎
おしづ…芝翫 長九郎…橘三郎 ほか


 鯉魚の一軸をめぐるお家騒動に絡む強欲な破戒僧。
 一軸をめぐるストーリーに喜劇を兼ねた演目であるが、
喜劇性にはとんでいたが、一軸が見え隠れし、法界坊や
松若などはなぜ必要としているのかうまく理解できず。
登場人物の一人ひとりが明快で役者はうまくはまっている。
 初代、勘三郎が得意としていた法界坊を初役で演じる
吉右衛門鬼平のイメージや普段のお姿からはあまり似合わぬ
キャラクターに思えそうだが、これが妙にはまっている。
まず、大柄で汚い姿に十円ハゲに凝ったメイクは何か憎めない。
「行くわいなぁ」と言う台詞やジョークなどの台詞回しに
聞き惚れる。要助とおくみがしばしの逢瀬をしているとき、
背後で一軸を盗み、二人をあしらうところは、バレエあり、
ムーンウォークあり、ポール牧の指パッチンありと、大柄な
この人がやるから意外性がある。野分姫(浩太郎)を殺す時は
今までの愛嬌と違い、凄味があり怖くなった。他に穴を掘る姿や
甚三に恋文を拾われ読まれ、強気だったのが徐々に弱くなるところ
など愛嬌がある。似合わないと思う方が演じるおかしみがある。
 初めて見た富十郎。口跡良く立役の役者さんとしては、今までとは
違う雰囲気を持つ方と感じる。言葉では言い表せないのだが何か違う。
法界坊とのやりとりで、甚三が要助を救うため法界坊の恋文を読む
ところでは、法界坊のマヌケぶりや恥をかかせようとする展開は
吉右衛門と息ぴったり、法界坊との対決で法界坊を落とし穴に落とす
ところや、一軸を取り戻すため、法界坊に殴られ、眉間を切られ、
詰め寄る所は、忠臣蔵三段目や夏祭など浮かばせる。(このコンビで
見てみたい)吉右衛門法界坊の天敵を、法界坊の気持ちなると、嫌に
なるくらい演じきる。
 福助の要助は柔らかく、悲運の若殿の気持ちが伝わる。この方の
和事を見てみたい。
 児太郎のおくみは、最近女形を見る中で、町娘が似合うのはこの方
ぐらいと思う。かわいらしく法界坊が惚れるのがわかる。声が高く、
聞きづらい所もあった。
 橘三郎の長九郎は、「源氏店」の藤八に似て憎めない敵役で、脇の
役者さんがこのような役を懸命にされているのに拍手を送りたい。
一日の長で役に心得があって愛嬌もあって、脇としてはもっと出て
欲しい。
 浩太郎の野分姫はあまり出てこないが、殺されてしまうのが
かわいそう。幽霊となって祟る所は、お姫様姿なので凄味がない。
 田之助のおらく、法界坊がおくみを近寄って嫌な表情をする
ところは印象に残る。
 芝翫のおしづはおだやかで、法界坊と野分姫の霊に語りかけたり
する所は愛嬌あって楽しい。
 吉右衛門の双面は、この方の珍しい女形で大柄で似合わない感じも
するが、妙に綺麗で二人の人格を出すところは霊らしく、こわくて又
おかしい。
 また見てみたい。吉右衛門富十郎ほか一人ひとりが良かった。


(回顧)

 中村姓を名乗る「中村会」としての公演。
 多分この時から始まったと思う。
 今後吉右衛門さんの奮闘公演のようになっていくのだが。
 法界坊のほかに、歌右衛門さんの吉野川雀右衛門さんの道成寺
芝翫さんら野崎村と、またとない演目に配役で公演された月だったようだ。
 当時観劇ノートのスクラップに旧ソ連ゴルバチョフ大統領夫人が
双面観劇の記事が貼ってあった。当時はまだソ連だったのだ。
ゴルバチョフペレストロイカなど、歴史を垣間見るようで懐かしい。
またこの観劇ノート、ちびまるこちゃんなのだ(当時始まったばかりか)。
だんだんノート記録もラフになっていくのだが、この頃は克明に書いて
いる。
 一幕見、法界坊本編(700円)と双面(300円)が別料金になって
いる。
 わーい、法界坊やるんだぁ〜と大学の授業さぼっていたのか…
見に行ったのは平日の昼だ。大学の部活も休みの日でした。
 一軸が重要アイテムなのに、ようわからんって書いている…よく見て
いないか、法界坊のおかしさに目が奪われていたのか。 ムーンウォーク
に指パッチンとは、先月の助六の通人同様、当時の流行がわかる。
初見富十郎ともあり、歌舞伎熱が益々上がっていくような気運の時期とも
感じ取られる。