平成3年5月8日(水)

団菊祭五月大歌舞伎 二代目尾上辰之助襲名披露
歌舞伎座 昼の部 一幕見席 夜の部 3階B席


昼の部 「寿曽我対面」 一幕見にて


曽我五郎:左近改め辰之助
曽我十郎:菊五郎   工藤:羽左衛門
大磯の虎:歌右衛門  舞鶴雀右衛門
鬼王  :権十郎   化粧坂少将:松江
喜瀬川亀鶴:芝雀 ほか


 この演目を見るのは2回目。今回は辰之助襲名狂言
あって脇を固めるのもスゴイ役者さんばかり。そんなこと
もあって辰之助が光る。
 工藤の型が江戸と上方では違うこともわかった。友切丸
の見方が違うのだ。仁左衛門のは息がかからぬよう口に
半紙をくわえ、刀の取り出し方も作法があるのか丁寧。
羽左衛門のは刀の見方がテキパキしている。上方が良いと
感じる。また、朝比奈でなく、舞鶴という女性キャラに
変わっているのも着目。
 新辰之助は16歳とあって、前髪の五郎がよく似合い、
荒事という勇ましさはやや足りないが、次男坊という
気質やしたたかさがあって、またすがすがしい。
やんちゃさがかわいいのか、観客のおばさま方が笑って
いたが笑うことはない。歴とした五郎の性格をつかみ、
成り立っている。声変わりか、口跡が苦しそう。
助六や与三郎など期待感を胸に募る。
 菊五郎の十郎は柔らかみがやや足りなかったが、
辰之助を引き立てる。いるだけで十郎そのもの。
 羽左衛門の工藤は、五郎とは対照的で落ち着いた貫禄
ぶり。「時節を待て」の台詞が重く感じた。
 雀右衛門舞鶴歌右衛門梅幸芝翫玉三郎と違い
勇ましい女形が似合う。年を感じさせないし、娘など
イメージが残るが、芸域の広さを感じた。もっとこの方の
強い女性が見たい。
 歌右衛門の大磯の虎は存在が大きい。いるだけスゴイ。
個人的には武将の妻とか見てみたのだが。
 襲名狂言に団菊祭でありながら、この幕には団十郎
出ていない。朝比奈に扮して、新辰之助菊五郎で富士山
の型が見たかった。欲張ると少将に梅幸で…。
矛盾しますが、それでもまたとない対面の舞台でした。



夜の部

一.暫
鎌倉権五郎…幸四郎 清原武衝…権十郎 照葉…宗十郎
震斎…三津五郎 成田五郎…我當 加茂次郎…澤村藤十郎


 「王様と私」英国公演を終えた幸四郎の”しばらく”ぶりの
歌舞伎出演である。がっちりした体格に、口跡も良く、権五郎
らしい風格がある。腹も据わり、力強く、好感もてる正義の
味方ぶり。
 三津五郎の震斎が演技から口跡まで要所ごとに細かく滑稽。
息子八十助の愛嬌はこの方から通じるとわかる気がした。
「これは一本やられた」と頭をさすりながら尻餅付くところが
印象的。
 宗十郎の照葉は品があって、震斎と共に道化じみている。
また権五郎のスパイだったという二面性もあって、宗十郎
無類の芸が活きる。
 腹出しは我當ほかだが、左団次も出て欲しかった。
 権十郎の清原武衝は不気味で存在感あるが、口跡がハッキリ
せず。しかし、大福帳の件りなど権五郎の問いつめに「いやぁ
それは〜」と当惑する表情は面白く、権力者が堕ちる姿がある。
加賀見山の望月や先月の意休に今月と、このような役をやると
右に出る者がいないのではないかと思う。
 「暫」を見て、一風変化に富んだ人物が出てきたり、善悪
双方の問答が楽しく痛快でした。


二.二代目尾上辰之助襲名披露口上
 左近改め辰之助梅幸歌右衛門羽左衛門雀右衛門
菊五郎団十郎宗十郎芝翫福助幸四郎我當権十郎ほか


 左近改め辰之助が、大幹部や人気役者に囲まれての口上。
 おじいさま、お父様の思い出話がやはり出てくる、これだけ
力強い役者方に囲まれ、新辰之助も成長していくだろう。
 宗十郎の「近いうち恋人役に…」とか、菊五郎の「先代とは
女房、恋人、兄弟と言う役柄で共演した、二代目とも早速昼の部で
兄弟として共演しています」との言葉が印象的。
 お開きはお手を拝借で締めるというのも良かった。


三.勧進帳
義経…左近改め辰之助 弁慶…団十郎 富樫…菊五郎
四天王…団蔵、松助、右之助、市蔵 


 1月に続き今年2回目の勧進帳。1月の羽左衛門の弁慶は
幕見席ながら大きく見えた印象が残り、吉右衛門の富樫との
緊迫ムードも漂っていた。
 今月の団・菊・辰の勧進帳は役者は光るものの、展開が
わかっていたからもしれないが、やや平凡のようにも感じた。
団十郎菊五郎の役柄での緊迫した関係を期待したが、あまり
出ずちょっと残念。
 一度疑いが晴れ、関所を通ることができたが、強力に疑い
かけられ呼び止められるところが、義経を助ける弁慶と
その迫力に感服する富樫で、団十郎の弁慶、菊五郎の富樫、
辰之助義経が一体となり盛り上がりを見せる。
 新辰之助義経は、父・祖父と相次いで亡くし、孤独の役者
というイメージが強いが、このイメージと義経の生き方がダブり、
襲名披露としては最適な演目と思った。若武者という風格で、
昼の五郎と共に当たり役になって欲しい。
 書物やイヤホンガイドで知ったのだが、勧進帳は弁慶でなく
義経が主役であり、弁慶は義経を助ける支援者的であることや、
弁慶の熱意に感服した富樫は腹を切る覚悟で関所を通すなど、
解釈があるそうだ。
 いかに弁慶と富樫がぶつかるか、それが勧進帳の見せ場だと
改めて感じる。


四.権三と助十
権三…菊五郎 助十…八十助 六郎兵衛…三津五郎
おかん…田之助 勘太郎…団蔵 彦三郎…萬次郎
助八…正之助  彦三郎、松助、秀調、十蔵ほか


 殺人を見かけた駕籠かき二人と、その二人が住む長屋の人々を
絡めた大岡政談。
 「暫」「勧進帳」と重い演目が続き、かなりギャップがあった。
帰る人も多く見かけられ、どうしたものかとさえ感じた。
 最初は戸惑ったものの徐々に引き込まれる展開でした。
菊五郎と八十助のコンビや三津五郎田之助といった周りのノリが
良く軽快。江戸っ子の粋のいいところや、今でもある夫婦喧嘩に
兄弟喧嘩、近所つきあい、そして、かつてあった人々の暮らしが
劇場のいう空間の中にあったからである。そういう自給自足で
共同的な生活の中での人々の思いやりや利害的な気持に雰囲気が
伝わってくる。気軽に見れる演目でした。
 菊五郎と八十助のコンビは喜怒哀楽激しく、粋でまさに江戸の人。
体を取り巻く刺青に圧倒されたが、家主六郎兵衛の一計にはまり、
縄で縛られ、「首跳ねられるのかな」「もう会えないのかな」と
こぼすところ、田之助の権三女房に、正之助の助十弟との喧嘩など
印象に残る。
 田之助の権三女房は、こんなおばさんいるなあ〜と思わせる。
菊五郎権三相手に夫婦喧嘩して投げ飛ばされて体を転がすところは
楽しい。
 正之助の助十弟は、八十助さん相手に兄を思う気持ちや兄弟喧嘩は
良かった。一月の魚屋宗五郎の三吉を見ておけば良かった。
 三津五郎の六郎兵衛は堅い。
 団蔵の勘太郎は真犯人役で、不気味であり容疑者という感じですが、
長屋衆の中では浮く。
 萬次郎の彦三郎は大阪の人という役で、普段女形なので柔らかみ
ある。よく言うと、この人の上方演目は見たい感じもした。
 重い演目の後でギャップ激しかったが、軽快なテンポで徐々に引き
込まれバカにはできない演目でした。


団菊祭であるものの、辰之助襲名のウエイトが大きい公演であったが、
団十郎菊五郎がもっと共演するものがあって欲しい。
勧進帳だけではちょっと不満である。
私本太平記や対面、権三と助十など顔を合わせることもできたと思う。


(回顧)


 左近から辰之助へ。新・三之助を経て、やがて松緑襲名も見ることに
なる。
 自分はどうも海老蔵さんや菊之助さんよりも現松緑さんに気持ちが
いってしまう。このように2回の襲名を見ているから又、菊五郎さん、
団十郎さん、現三津五郎さんなどの指導を得て、頑張る姿を見ている
からもしれない。それと、ちょい役ながら舞踊に圧倒されたことも
あったからかもしれない(平成−年10月国立劇場の素襖落)
 自分の中では見続けていきたい役者の一人である。
 あまり記憶が薄いが、振り返るとスゴイ「対面」を見ていると思った。
辰之助菊五郎羽左衛門歌右衛門など揃い、二代・三代の松緑
偉業が偲ばれる雰囲気であったのではないか。
このころの自分は、筋を追っていくか、視覚効果を感じるのが精一杯
だった。
 団菊祭と銘打っておきながら、団菊の共演が少ないとぼやいているが
団十郎さんと菊五郎さんの役柄がまだわかっていなかったから、この
ようなこといっているのだろう。
 当時(今もか)ホント失礼な自分でした…反省。