平成3年11月24日

吉例顔見世大歌舞伎 夜の部
歌舞伎座 3階B席


一.平家女護島 俊寛
俊寛吉右衛門 瀬尾…左団次 丹左衛門…宗十郎
千鳥…芝雀   成経…八十助 康頼…彦三郎


“一人ぐらい乗せてあげてもいいだろう”と見ながら思う。
まあ乗ってしまったら、ラストの悲しいシーンはないんだろうが。
俊寛の思いと瀬尾の憎々しさもあって、ラストのシーンは
盛りあがる。「おーい、おーい」と俊寛が叫ぶところは、
一人残される寂しさがヒシヒシと伝わってくる。これからの
孤独との戦いにどう乗り越えていくのか、心配になり涙を誘う。
 4月法界坊、9月又平・長兵衛、10月源蔵・河内山と様々な
役柄を見てきた吉右衛門俊寛を。情がヒシヒシと伝わってきて
悲しさが募るものであった。ラストの「おーい、おーい」と叫ぶ
ところで、間をあけて再び叫ぶところなんぞ孤独と哀しみを募らせ
ビックリする反面改めて悲しさを募らせる。忘れられないシーン。
 左団次の瀬尾は、赦免状を読んだり、赦免状を俊寛にたたき
つけるあたりから、千鳥の乗船拒否へ至るところまで憎らしさが
加速していく。俊寛と千鳥に浴びせる罵声のあたり、あまりの
憎らしさに殴ってやりたい気持ちにまでなる。忠臣蔵薬師寺
毛抜の玄蕃、実盛の瀬尾と敵役を見てきたが、これが左団次らしい
一番の敵役かもしれない。
 宗十郎の丹左衛門は瀬尾と並ぶと対照的で凛々しい。あまり
目立たないが、いるだけで貫禄あるのはこの方の芸質なんだろう。
 芝雀の千鳥は健闘しているが、乗船拒否での独壇場はもたれる。
 八十助の成経は姿がいい。彦三郎の康頼もこの方らしいお役。
 毎月、吉右衛門の舞台が熟しているように感じる。


二.於染久松色読販 お染の七役
お染・久松・竹川・小糸・土手のお六・貞昌・お光…猿之助
鬼門の喜兵衛…段四郎 清兵衛…歌六 弥忠太…弥十郎
長吉…右近 女猿回しお作…亀治郎  久作…竹三郎
丁稚久太…猿弥 多三郎…門之助 ほか


 今年7月に出たばかりというのに再演。
 どこかに載っていたか、猿之助曰く「もうやらない」とのことで、
とにかく足を運んでみた。単純なストーリーながら、早替りが
見もので関心を注ぐ。
 早替りは、大勢の人や傘、装飾など小道具を駆使して3〜5分に
パッと替わり、猿之助一人が七役こなすのだからすごい。七役と
いっても、娘・若者・芸者・武家奥方・悪婆・老役と性格も雰囲気も
違うので、それを一人でやってのける猿之助の熟練はすごい。見て
いる私たちは、仕掛けがわからない・わからせない・あっという間の
転換なので驚きも一層増す。ややテンポ遅く、あっ変わるなと見え
見えもあった。
 猿之助の七役では久松とお六が印象的で、久松は頬をあたりが
勘三郎に似ている気がして不思議であり、お六は肌に合うのか、
凄味と愛嬌があってはまる。悲劇のヒロインであるお光が嫉妬深く
描かれているのが気になった。
 段四郎の喜兵衛は口跡がよく、ちょっとした怖さがあって、強請の
シーンでは、失敗を開き直っての怖さや愛嬌が印象的。姿から来る
不気味さも感じる(南北のキャラクターの特徴かもしれない)。
 歌六の清兵衛が姿や口跡がキリッとして清楚であり、弥十郎
弥忠太は二枚目半で、小糸を口説くところが楽しい。喜兵衛に騙され
殺されてしまうのはマヌケというか気の毒というか。
 前回も評判だった門之助の多三郎は柔らかく、無力な若旦那という
感じで、番頭善六にだまされるところは雰囲気がある。
 竹三郎の久作は第三者的な役柄でストーリーの成り行きを説明し
存在が大きい。説明も説明ぽくないのがいい。おかしなキャラぶり。
 右近の長吉は姿いいが、ワンシーンのみの登場でやや気の毒。
 猿弥の丁稚と亀治郎のお作が目の収穫。猿弥は浮いているように
見えるが愛嬌あって面白いキャラクターぶり。フグか嫁かで悩む姿は
楽しい。亀治郎はキレイでかわいらしい娘ぶり。8月のお舟を見逃した
のが惜しい。今後注目!
 幸右衛門の善六がふてぶてしく又面白いキャラクター振り。
 芝居自体、猿之助の独壇場。
 猿之助歌舞伎を通しで見たのは初めてだった。毎回宙乗り・早替りは
戸惑うが、ストーリーやキャラクターを注目することにより、面白く
感じるだろう。来年2月「獨道中五十三驛」を見る予定なので、また
楽しんで見たい。お六のタイプは宗十郎が合いそうなので、宗十郎
「お染の七役」が見てみたい。


◎当時のまとめ

 顔見世というが、それらしいものは昼の「先代萩」の菊五郎猿之助
共演のみである。あとは吉右衛門猿之助一座、八十助ほか花形とどこか
隔離的な顔見世であった。京都南座へほとんどの役者が行ってしまって
いるが、もう少し考慮して欲しかった。しかし、顔見世という意味は、
菊五郎吉右衛門猿之助といった役者の「競演」の意味もあるのでは
と感じた。



(回顧)

 前年の鴈治郎襲名の顔見世が印象深いのか、この年の顔見世は共演と
いう意味が薄いと感じていたのでしょう。京都南座が改装記念で2ヶ月
興行となり、大幹部ほか南座へ出向されていったのを覚えている。
 でも、顔見世とは顔見せ=大顔合わせだけでなく、芸のぶつかりあい
や競って演じるという競演の意味もあると感じただけでも良かったのでは
…と思います。
 猿之助一座は猿之助さんの独壇場的でしたが、このあたりから若手抜擢や
色んな役を演じさせ、これから円熟期を迎える直前だったかもしれません。
 ちなみ、昼の部は「吹雪峠」「素襖落」「先代萩」「流星」でした。