平成4年2月20日

平成4年2月20日(木)


河竹黙阿弥歿後百年記念
黙阿弥祭 二月大歌舞伎 夜の部
歌舞伎座 17時開演 3階B席


一、慶安太平記 丸橋忠弥
丸橋忠弥…団十郎 松平伊豆守…菊五郎
藤四郎…権十郎  せつ…田之助ほか


幕府転覆を図る由比正雪一派の一人である
丸橋忠弥の顛末を描いたもの。
江戸城お堀の深さを小石を投げて測るところが
見もの。
珍しい作品とのこと。
世話物を目にする黙阿弥がこのような時代物に
近い演目を書いていたことに驚く。小学生のころ、
漫画「日本の歴史」で読んだ「由比正雪の乱」での
ひとコマで忠弥の姿を見たことがあったのを
思い出す。忠弥、藤四郎、さが、せつと登場人物
がイキイキとして、忠弥をめぐって複雑な心境に
かられ悲劇につながっていく展開で息もつかせず。
 お堀の深さを測る場面は、石を投げて、黒御簾
の大太鼓ドロドロ〜という音と忠弥のまなざしが
良かった。団十郎菊五郎が並ぶところは絵に
なるよう。
 大詰めの忠弥の大捕物は猿之助歌舞伎並みの
大殺陣でびっくり、団十郎大奮闘の大芝居だった。
 謀反の企みを伝えるかを複雑な心境を伝える
権十郎の藤四郎、哀れさ出ている田之助のせつと
菊蔵のさがが印象的。


二、三人吉三巴白浪 大川端庚申塚の場
お嬢吉三…梅幸
和尚吉三…羽左衛門
お坊吉三…団十郎

「月もおぼろに白魚の…こいつはぁ春から縁起が
ええわえ」の名セリフに、吉三とついた3人の
泥棒が出会う場面。
 梅幸羽左衛門団十郎という顔合わせ。梅幸
羽左衛門はこのようなお役はされないので貴重な
舞台を見たような気がした。まさに黙阿弥祭りだ。
 梅幸のお嬢吉三はお坊に問い詰められて男から女
への変わり身の自然さ、かわいらしさに驚かされる。
この方で「こいつはぁ春から縁起がええわえ」が
聞けたのも最高の気分でした。
 羽左衛門の和尚吉三はお嬢とお坊の喧嘩の種である
百両の金を「じゃあ預かっておこう」とあっさり受け
入れてしまう調子の良さが自然と愛嬌ある。
 団十郎さんのお坊吉三がこの二人に囲まれての活躍
ぶり。白塗りが似合うお坊ちゃんそのもの。
 物語はこれからの名場面。名セリフから黙阿弥を
知って偲ぶよう。


三、曽我綉侠御所染 御所五郎蔵
御所五郎蔵…菊五郎 星影土右衛門…権十郎
皐月…宗十郎 逢州…松江 甲屋…三津五郎


 背景はお家騒動、かつて同じ家臣だった
五郎蔵と土右衛門が吉原で出会う。土右衛門は
五郎蔵の女房で吉原に勤める皐月に横恋慕。
五郎蔵がお金用立てで困っているところを
皐月が土右衛門からお金を借りて嘘の愛想尽かし
をするが…
 「籠釣瓶」「伊勢音頭」「八幡祭」「お祭り佐七」
と縁切物を見てきたが、主人公がこれほどカッとして
復讐を胸に去っていく姿とヒロインの悲しさがひしひし
と伝わってきたのは初めての演目。五郎蔵が今まで姿
といい、心情といい、皐月という女といい、何も不自由
がなかったという男が堕ちていく姿が哀れであった。
息もつかせない展開と登場人物がはっきりと描かれ、
黙阿弥の力を見せつけられた演目であった。好きな芝居
となった、これからも様々な五郎蔵役者を見ていきたい。
 終始「格好いい」とつぶやいてしまった菊五郎さんの
五郎蔵。姿といい、気風の良さといい、怒りといった
気質といい、終始目が離せず本当格好いいの一言に尽き
感激しっぱなしだった。特に縁切りの場面でベンチに
足を置いて皐月に迫るところや、尺八をふりあげて皐月
に迫り、逢州に止められ、力抜ける仕草は印象的。
土右衛門と再会する場面での龍を描いた衣装や高下駄の
音が忘れられない。
 権十郎の土右衛門は憎らしく、五郎蔵との対峙は貫禄
十分で土右衛門も格好いい。宗十郎の皐月は華やかながら
悲しさと哀れさがある。松江の逢州は品と色気あり、
五郎蔵を制止する姿が印象深い。三津五郎の甲屋は菊五郎
権十郎の間に入る抑えぶりが大きい。調子良くおかしみ
ある鶴蔵の吾助、いるだけで格好いい正之助、十蔵、亀蔵
玉太郎の五郎蔵子分、縁切で五郎蔵をあざ笑う菊十郎、寿鴻、
松太郎、権一の土右衛門門弟も記憶に残る。
 菊五郎の五郎蔵が光る大舞台だった。


 三演目とも、とても痛快で気分良い一夜だった。黙阿弥も
観客が気分良くなれるようにニーズに応えていたのだろう。


(所感)


 平成4年2〜3月は黙阿弥歿後百年として黙阿弥の演目が
揃う。また、この年は黙阿弥の演目が毎月と上演された。
河竹黙阿弥という劇作家を知る良い年となったと思う。
現在上演される芝居や舞踊はほとんど黙阿弥作で、台本から
近代の歌舞伎の礎を築いた方でもある。
 当時の文章でもわかるが、菊五郎さんの御所五郎蔵が
興奮するぐらい格好良かったのだ。初役は名古屋御園座
で待ちわびた上演でもあったと思い出す。
 今亡き梅幸さんや羽左衛門さんのお嬢と和尚も拝見できた
のも貴重だ。
 昼の部は、菊五郎さんの弁天小僧、団十郎さんの南郷ほか
での「白浪五人男」の通しと、団十郎さんの更科姫と菊五郎
さんの維茂で「紅葉狩」。この時の夜の部の開演17時から。