平成4年3月26日

平成4(1992)年3月26日
歌舞伎座 3階B席 わ‐9

河竹黙阿弥歿後百年記念
黙阿弥祭三月大歌舞伎 夜の部


一.新歌舞伎十八番の内 高時

高時…団十郎 衣笠…松江
安達三郎…友右衛門 秋田入道…団蔵
大仏陸奥守…彦三郎 長崎次郎…十蔵ほか


 高時が天狗に惑わされるところはユニークで
で面白い。例えば、天狗と一緒にラインダンスの
ような踊りをするとか、天狗と向かい合って踊る
とか、手足をつかまれて天狗にぐるぐる回されたり
宙づりされたりするところである。ちょっと
ミュージカルぽくて異質に感じたが楽しく見れた。
 活歴物というが、それがどういうものかはっきり
しないし、芝居自体が暗い。少し眠くなった。
 松江の衣笠が綺麗、友右衛門の安達は正義感
あって格好いい、十蔵の長崎は憎らしく、彦三郎の
大仏はなだめられツンとして去っていく姿がお父さん
似。


二.盲長屋梅加賀鳶
本郷木戸勢揃いから赤門捕物まで

道玄・梅吉…富十郎 松蔵…団十郎 お兼…田之助
加賀鳶…勘九郎辰之助、彦三郎、染五郎、友右衛門、
団蔵、智太郎、松助、右之助、秀調ほか
おせつ…東蔵 おあさ…浩太郎 伊勢屋…吉五郎ほか


 道玄という人物は殺しもするけど、なぜか憎めない。
同じ黙阿弥の河内山にも類似するが、金のために人助け
するわけでない。
 富十郎の道玄はしゃがれた声や、ゆすりのとき、横に
なって駄々をこねたり、ラストは捕り手から図太く逃げる
ところなど面白い。
 相対する団十郎の松蔵は頭という感じで格好いい。道玄
のゆすりで使った文を買うところや伊勢屋にお金を与える
ところは江戸っ子の粋があって感じ良かった。
 田之助のお兼はオバタリアンのごとく図太く、調子の良さ
は面白く見れた。東蔵のおせつはかわいそうな感じ。勘九郎
以下加賀鳶はどこからこんなに役者を集めたと思うくらい。
掛け声など耳に残る。
 道玄のストーリーは陰湿で暗いので、最初ににぎやかな
場面を取り入れての芝居の流れだが、ややとっつきにくく。
 芝居作りや鳶、道玄そして当時の生活感と黙阿弥の作風を
満喫した。


三.連獅子
狂言師右近のちに親獅子の精…勘九郎
狂言師左近のちに子獅子の精…勘太郎
僧…智太郎、浩太郎


 勘九郎親子の「連獅子」、誰もが"待っていました!"という
感覚であろう。自分も小声で「待ってました」とつぶやいた。
客席から大拍手と皆が喜んでいる様子だった。
 踊りはよくわからないが、子を谷に落とし、這い上がる様子は
感じられた。這い上がってきた時の勘九郎の親の微笑む表情は
この方の人柄が出て良かった。獅子になってからは、子獅子を
見守る構えや、国立劇場にある六代目菊五郎の獅子の姿と同じで
勇ましい。勘太郎もかわいらしく、中村屋の安泰を祈った。
 3月上旬に、卒業旅行でフランスに滞在したとき、勘九郎親子
の連獅子写真があって、"ああ、見たいなあ"と募る想いだったので
感無量であった。この黙阿弥祭を興行される際、この親子でやる
かもと予想したくらいである。連獅子開演前は幕が開くまでドキドキ
興奮した。


 2か月にわたって、黙阿弥の演目にふれて、ゆすりなど展開が
パターン化されているが、痛快でおかしく又、綺麗で踊りもあって
バラエティに富んでいる。これからも、いろんな役者で見ていきたい。
「連獅子」は興奮し、「加賀鳶」は粋と道玄の人柄、「高時」の
ミュージカルぽさと様々であった。「髪結新三」が見れなかったのが
悔しい。
 2か月にわたってのベスト3は、「連獅子」、「御所五郎蔵」、
三人吉三」である。


(所感)

 勘九郎親子の「連獅子」は初見とあって、開演前から今か今かと
興奮しながら幕開きを待っていたのを今でも覚えている。
 三代目松緑から譲り受けた富十郎の道玄、新歌舞伎十八番
高時も印象深い。富十郎田之助というコンビもなかなかだ。
 昼はお静礼三、雁金、髪結新三。

[*歌舞伎]